撚糸は、元々はねじれていない糸をねじることです。
その強制的に入れられたねじりに対して、糸は元に戻ろうとします。この「戻ろうとする力」を繊維業界では「トルク」と呼んでいます。
必要があって入れた撚りですから、元に戻ってしまっては意味がありません。
そして、トルクはいくつかの問題を引き起こす原因にもなります。
一つは、編み物においての「斜行(しゃこう)」です。
斜行とは生地が斜めに歪んでしまうこと。
斜行の原因のすべてが撚糸のトルクにあるわけではありませんが、それでもトルクの残っている撚糸で編めば大なり小なり斜行します。
糸のトルクが横方向に働いて編み目を歪め、その歪みが連続している結果、生地全体が斜めに傾いてしまうわけです。
下のイラストをご覧ください。左が正常な編地、右が斜行した編地です。
同じように編み目を3列3段に並べましたが、正常な編地は正方形に整い、斜行している編地は横に傾いている結果、平行四辺形になっているのがわかると思います。
トルクが引き起こす問題の二つ目は「スナール」です。「ビリ」とも呼ばれます。
トルクは撚りが戻ろうとする力ですから、「撚り方向とは反対方向に回転する力」と言い換えることが出来ます。その結果、「糸が自転してしまう」という現象に表れます。
それが手のひらに乗るような短いものであればすぐに撚りが戻っておしまいですが、長い糸の場合、更には糸の両端をつまむなどして戻る力の逃げ道が塞がれてしまっている場合には、糸はその力を相殺してくれる相手を探すように巻きついてしまいます。
その状態が下の写真です。
このような状態が更にひどくなってしまうと、糸が引っかかって使用中に切れてしまったり、絡まったまま織り込まれてしまったりなど、効率あるいは品質にまで影響が及びます。
では、このスナールをどのように無くしているのでしょう。
一つは、高湿高温を与えて、撚糸が入った状態を糸に覚えさせます。これを「セット」と呼んでおり、特にポリエステルなどの石油由来の糸には非常に効果的な方法です。
多くの石油由来の素材には、高温で柔らかくなって(軟化して)、そこで変形させると温度が冷めた後でもその形をキープする特質(熱可塑性)があるからです。例えばプリーツはこの熱可塑性を利用すれば容易に付けることが出来ます。
上の写真と同じ糸をセットしたものが下の写真です。スナールが無くなっているのがわかります。
スナールを無くすもう一つの方法は、トルクを相殺することです。
例えば前述の編地の場合でしたら、S撚りの糸ととZ撚りの糸を一緒に編んで、編地の中でトルクを相殺することもあります。
それでも最もポピュラーな方法は、撚糸で解決することです。片撚りの糸ではなく諸撚りの糸を使い、その諸撚りの下撚りと上撚りの方向を反対にして、糸の中でトルクを相殺します。諸撚りと呼ばれるものはすべて、トルクを相殺するために下撚りと上撚りが反対方向になっていると考えていただいて構いません。下撚りがZなら上撚りはS、下撚りがSなら上撚りはZです。
但し、単に反対方向に撚ればいいというものでもありません。下撚りあるいは上撚り、いずれかのトルクが勝ってしまえば結局スナールが出てしまいますので、両者のトルクがちょうど均衡を保てるよう(相殺できるよう)撚糸回数を調整します。
その調整を「上撚りと下撚りのバランスを取る」という言い方をします。そしてそのバランスが取れた撚糸回数の設定を「バランス撚り」と呼んでいます。
しかし残念ながら、この方法を用いたとしてもまったくスナールが現れないというわけではありません。
例えば、いくらバランスを取っても、撚糸は強くしごかれると撚りが動いてしまいます。すると1本の糸の中でも、上撚りの強い箇所と甘い箇所が出来てしまい、その箇所は保たれていたバランスが崩れてしまいます。
そんなわけで糸を使う際には、撚りが動かないよう出来るだけ摩擦を与えず、トルクの逃げ道を与えないよう出来るだけ糸をたるませずに使うことが理想です。
最後に、これは手段と呼べるほどではありませんが、糸は手を加えてから時間が経つほど、その形状で落ち着いて、スナールは出にくくなります。
これをエイジングと呼んでいますが、その環境に十分な湿度があれば更に効果が期待でき、それはスナール対策としてだけでなく、静電気も起きにくくなりますので、糸の品質は向上します。