撚糸とは「糸をひねること」。
ひねる方向は当然ながら二種類あり、時計回りがS撚り、反時計回りがZ撚りです。繊維の教科書的な解説では、S撚りを「右撚り」、Z撚りを「左撚り」と書いていることもありますが、実際の現場においてそう呼んでいる人に出会ったことはありません。
SとZ、これらは何かの頭文字ではなく、それぞれのアルファベットを形として捉え、上から下に向かう線が左上から右下に傾斜している「S」の字と、右上から左下に傾斜している「Z」の字、撚りを入れた糸の撚り目がどちらになっているか、を表しています。
それを図解したものが下のイラストです。
S撚りとZ撚りは、蛇口の開け閉めのように絶対的な意味が決まっているわけではありませんが、それは「SとZの二つがある意味がない」ということではありません。
例えば短繊維糸のほとんどは紡績の工程においてZ撚りを入れながら作られています。その糸をS方向に撚ってしまえば、短繊維を交絡して糸にするために入れた撚りを戻してしまい、糸が抜けやすく(切れやすく)なります。
長繊維糸の場合、化学繊維ならマルチフィラメントでも何本もが束になって紡糸口から出てきますので、撚りを入れなくても糸としての体を為しており、まったく撚りが入っていない無撚(むねん)の状態で出来上がります。
しかし例外として、化学繊維の中で最も歴史の古いレーヨンは、セントル式と呼ばれる製法において製造時に撚りが入ります(連紡式の場合は無撚)。これは意図的に入れたと言うより、紡糸口から出てきた糸が精練(レーヨンの場合には硫黄分を除去したり、漂白する目的)するための溶液が入ったポットに落ちていくのですが、そのポットが洗濯機のように回転しているために入ってしまう「ねじれ」としての撚りです。そしてその方向は短繊維糸とは反対のS方向になります。
仮に元々からS撚りの入ったレーヨンにZ撚りを入れて一時的に無撚の状態になったとしても、長繊維糸ですから抜けてしまうことはありません。
しかし、元々S撚りが入っているため、レーヨンを双糸(そうし)にする際は1本に入れる撚り(下撚り)はS、それを2本合わせる時に入れる撚り(上撚り)はZにするのが通常です。
そして、化学繊維の中で最も古い歴史を持つレーヨンに倣ったのだと思いますが、その後に登場したポリエステルやナイロンなどの長繊維糸の双糸はほとんど、下撚りがS、上撚りがZとなっています。
唯一、キュプラだけは長繊維糸の双糸であっても、下撚りZ、上撚りSが一般的です。理由はわかりませんが、レーヨンと同じセルロース(植物由来の繊維質)を原料とした糸であり、見た目にも燃やしても違いがわかりにくいため、その識別のため撚り方向を正反対にしたのかもしれません。
先程、「双糸」と言う言葉が出てきました。
その字の通り、2本の糸を撚り合わせた糸のことですが、ただ撚り合わせただけでは双糸とは呼びません。
それについては「撚糸の種類」で解説しています。
最後に、レーヨンの話が出ましたので余談です。
日本で最初に作られた化学繊維はレーヨンです。現在国内にある化学繊維メーカーのほとんどはレーヨン事業を目的に創業されました。
東レの旧名は「東洋レーヨン」、クラレは「倉敷レイヨン」。帝人は「帝国人造絹絲」。人造絹糸(略して人絹)とはその字の通りシルクを模して作られた化学繊維であり、つまりはレーヨンです。
残念ながら日本国内におけるレーヨン長繊維糸の生産は、2000年の旭化成工業(現 旭化成)の事業撤退をもって消滅し、それ以降はすべて海外からの輸入糸で賄われています。