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少量からでも出来る素材開発

撚糸を利用した新しい糸作り
開発コストを抑えるために必要な機械選び、工場選び

ものづくりをしていれば、どんな会社様でも、新しい商品を開発したい、開発しなくてはならない、というお考えをお待ちだと思います。
私共は製造業でも加工業でもありませんが、糸商として「ものづくり」の一助を担いたいという思いに加え、元来の凝り性な性格も手伝って、お客様にご要望いただいたわけでもないのに、面白い糸を思い付いたら即断で試作を実行してしまいます。
そんなことを繰り返していますから、懇意にしている加工場さんは「また変なこと思い付いたな」と苦笑い、挙げ句の果てにはやりすぎてしまい、出来上がった糸を実際に販売する場合のコストを計算してみたら、1kg当たり20万円を超える糸になってしまった、などということもございました。
正直に言えば、試作の途中段階で常識から外れた値段になることに気が付いているのですが、そこで手を止めることが出来ません。
もちろん、1kg当たり20万円もする糸が売れるはずもないので量産販売は諦めましたが、そうした開発過程において、新しい知見が生まれ、新しい人脈が育ち、少しずつであれ糸商としてのスキルが上がったのだとしたら、後に必ず役に立つのだと信じて疑いません。
たとえその開発が市場性に乏しいと判断されたとしても、レーシングカーで開発された技術がやがて実用車に搭載されるような実験性もまた、開発には必要だと考えています。

とは言いましても、同じ開発内容であるならば、当然ながら早い・安いに越したことはありません。
新商品の開発には一発必中などあり得ず、地道なトライ&エラーの繰り返しです。
だからこそ、開発途中で費用が意欲の足を引っ張らぬよう、出来ることなら様々な開発環境を知った上で、時間的にも経費的にも効率の良い開発がしたいものです。

少し前に、刺繍レースを製造なさっているお客様を訪問した際の話です。
どことなくアンティーク感のあるレースを見せていただき、「これに使われている糸と同じものがほしい」とのご要望をいただきました。
実際の現物が目の前にあるわけですから、取り掛かりやすい案件です。
早速その場で刺繍レースの裏糸を切らせていただき、表糸を抜いて見てみました。
一見してレーヨンだとわかる光沢の美しい糸でしたが、レーヨンのわりには糸に張りがあるというか、反発力があるというか、単純に硬いというか。
撚糸だったので解いてみたところ、刺繍レースにおける標準的な太さのレーヨン双糸を芯にして、髪の毛よりもはるかに細い極細のナイロンのモノフィラメントがS方向に1本、Z方向に1本、巻きつけてありました。
誰が考えたのだかわかりませんが、
① レーヨンの美しい光沢をそのままに
② 石油由来の合成繊維のモノフィラメントを合わせて糸に張りを出す
③ ナイロンを選んだのはレーヨンと一緒に染色しやすいから
④ ただ揃えて撚糸するのではなく、SとZの双方向に巻きつけたのはスナールを抑えたいから
と一瞬にして意図が汲める、とても理に適った設計です。

とりあえずその糸を持ち帰らせていただき、撚糸回数と、レーヨンとナイロンそれぞれの糸の正確な太さを調べました。
さて、大事なのはここからです。
この糸を再現する試作をどう進めるか?
当然、同じ糸を選定して、同じ加工内容ができる工場さんにお願いするわけですが、こうした場合、まず現れる第一の壁は「原糸の購入ロットの壁」です。
我々が「原糸(げんし)」と呼ぶ、化学繊維メーカーから出荷されたまま状態、一切の加工がなされていない糸のほとんどは、少量では購入できず、最低でも数十kgのケース梱包単位、ものによっては数百kgのパレット梱包単位で購入しなくてはなりません。
今回の場合でしたら、お客様がなさる試作は糸量にして1kg足らずでも十分でしたので、上手くいくかもわからない糸を初めから数十kgも買う必要はまったくありません。

そして第二の壁は「加工ロットの壁」です。
たとえその加工が出来る撚糸機が日本全国に散在していたとしても、工場さんによって太さに対する得手不得手があり、工場稼働に対するお考えが異なります。
これはいわば、それぞれの工場さんの「プレースタイル」です。
例えば、「効率重視。数量の大きな仕事だけを比較的廉価で引き受ける」、あるいは「個別採算重視。ほんの少量でも相応の加工賃ならば引き受ける」というように。
このような工場さんのプレースタイルを理解していないと、「試作さえ受けてもらえない」ですとか、「試作はやっていただけても、量産は数量次第で対応できない」などという状況が出てきてしまいます。

今回のケース、まずは材料とする糸の手配からです。
芯にするレーヨンは当社に在庫がありました。
決して刺繍レースのお客様のために持っていたわけではないのですが、レーヨンは当社の得意素材の一つですので多品種を在庫しており、その中にまったく同じ糸がありました。
ナイロンは平素からお付き合いのある織物工場さんにお願いして1本だけ分けていただきました。
その織物工場さんが日常的にその糸をご使用されていることを存じていたので、ご相談しましたところ、快く分けていただくことが出来ました。
これで材料とする糸については、同種同等のものが必要最低量で用意できたわけです。

そして、次は撚糸です。
これについてはあまり詳しくお話しできないのですが、結論としては通常ラメ糸を撚糸なさっている撚糸工場さんにお願いしました。
今回と同じ設計の糸を普段から撚糸している工場さんは無く、ならば普段どのようなお仕事をなさっている工場さんがこうした素材や太さの扱いに慣れていて、品質はもちろんのこと、量産時に迅速な納期対応が期待でき、比較的安価に出来上がるかを考慮した上での結論です。
実際、その工場さんでの試作は、見本とまったく同じに見えるものが一つ、若干の違いはあるものの量産時は廉価に対応できるものが一つ、合わせて2種類をご用意できました。

糸商は製造業でも加工業でもありませんので、自ら何かを作ることは出来ません。
しかし、素材と技術について広く見識を持ち、お客様と工場さんの事情も理解した上で、適材適所に生産を振り分けて、ものづくりの完成までを的確に導くコンダクターの役目を担っていると考えています。